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2019年2月14日木曜日

『今、日本人の精子がピンチ』ってホント?

夕方のニュースで、
子どもを授からないカップルの特集が組まれてました。
キャッチが、『日本人の精子がピンチ』やったり、
『今、日本人の精子が少なくなってます』やったり。
いやそりゃ多少は、食生活とか生活習慣の変遷に影響されてるのかもしれませんけど、
単純に、ここ最近でやっとデータが集まってきたってことやと思うんやけどな。(ちなみに、ここ最近=ここ40年。だそう。最近じゃない。)
「不妊は、約半分は男性が原因」と紹介されましたが、正しくは「約半分は男性“にも”原因」がある、です。実際、男性のみに原因がある場合、男女ともに原因がある場合を合わせて48%。このうち約半数は女性側“にも”原因があるのだそう。だから結果的に二人共検査、治療を受けるのが吉てゆうことですよね。
まぁ、結婚、こども、て、二人の問題ですからねぇ。
ここまで『男性が、』と強調されるのは、
不妊は女性側に原因があるものだ、と長く信じられてきたからで、検査や治療を受けたがらない男性(と、その家族)が多かったから。
これ、無意識下のヤバイ思想がこびりついてるってことで、あえて限定的に強調してるんやろうけど、、、
ちょっと語弊があるよなぁ。。。
けど、今の医療だと、
「精液に精子が一匹もいない」ていう場合でも、
精巣開いて採取することもできる(可能性もある)らしい。
すごい。
結婚したい人は結婚して、
子どもほしい人は子どもが授かれる。
ていう時代が近づいてる。

2019年1月8日火曜日

(・・・昨日の記事を読み返すと

・・・(昨日の記事を受けて、)と、いっちょ前に思うのだ。セカイはもっと広いのになぁ。と。
演劇を介するとセカイは無限に広がってゆくのに。現実ではなぜこうも視野が狭まるのだろうか。

それはつまり、「演劇は嘘だ」という、どこかでそういった諦めがあるのだ。

演劇をホントにしたいと。
ホントの延長を演劇にしたいと思っていたのに、そんな自分が一番に線引きしているのがなんとも切ないことだ。

ただ一つ、救いがあるのは、
演劇は、現実よりも豊かだということだ。

昨日みた、かしこしばい『河童ライダー』でのセリフの様に。

演劇のドコがすき?―なんでもアリなところ。

本当は、現実でもなんでもアリなのだ。
ただ、自分がブレーキを離さないだけで。

それだけはわかっている。


でも、演劇は、決して嘘ではないのだ。

2018年12月11日火曜日

「オレ達、しばらく距離置いた方がいいと思うんだ。」

「あなたのことがわからなくなりました。だから少し、距離を置きましょう。」的なやつ。

これって、すごい良い考え方やよなぁ。

ちょっと距離置いて、
冷静になってから
きちんと「要る」か「要らん」かを判断できる。
(諸々のイイ口実になってることもあるのだろうが。)

でも、これ、
だいたいの場合、距離置いた方が良いのって、
「相手」ではなくって「自分」だったりするよねぇ。

一番知るべきは、自分。


自分、も、
一応「人」なんですから、傷つけないようにしてあげたいよなぁ。とか、思ったりするのです。

ある程度、他人ってなんとなく大事にできるわけですけれど、
・・・というか、大事にしないとダメだよねぇ、みたいな考え方がどこかにあって。

昔から、
「他人の嫌がることはしないように」とか
「他人に思いやりをもって」とか、
色んなオトナたちから口酸っぱく言われるわけなので、自然に身に着く思想なのでしょう。

でもやっぱ、
自分、も「人」やねんよなぁ。と思うのです。

で、これって、
自分の良いように、自分のことだけ考えて、とか、そういうのんでは一応なくって。

自分、も、他人と同じように扱うことってできへんのんかなぁ。と。



生まれてから今まで、ずっと一緒にいるヤツ。な、わけですから、
なんとなく「熱」が入るというか、「情」があるというか。

自分って、良くも悪くも「えこひいき」してしまうなぁ。と。
冷静じゃないというか。

これって、自分、を、他人と同じように扱うことが出来さえすれば、
なんとなく、自分に対しても相手に対しても思いやりをもって過ごせそうな気がするなぁ。と
思ったんですが、


じゃあどうすればいいねん。ってなったら、むつかしいよねぇ。

やっぱ、自分が一番わからへんし、でも自分が自分のことを一番よく知ってる。ていう。


・・・というか、
「他人」と会うときの自分、は、結構いつもウソで、
自分一人で居てもどことなく自分を創り上げているんだと思うんですが、

じゃあ結局、
自分っていうのは一体何で、
どれが本来の自分で、どれがウソなのか。てなると、やっぱわからん。

なんじゃこりゃ。


「自分」が「他人」になる瞬間、て、人生のうちで訪れるんでしょうか。訪れてほしいなぁ。
なんとなく、おもしろそうだし。


・・・という話。

2018年12月9日日曜日

カテゴライズってお客さんが好きな演劇見つけるのに結構重要な気がする

「演劇」と一括りに言っても、さまざまジャンルがあるわけです。
もっと言うと、「演劇」と「芝居」も違う。「舞台」と「ステージ」も違う。

たとえば、大きなところで言うと、
・商業演劇
・小劇場演劇
・大衆演劇
・伝統芸能
とか。

その中にも、
・古典演劇
・近代演劇
があったり、

・エンタメ系(エンターテイメントとエンタメ系は違う。)
・コメディ(コントとコメディは違う。)
・ストレートプレイ(会話劇の意ですが、ストレートプレイと会話劇もおそらく違う。)
・新劇
とか。

・不条理
・アングラ
・小劇場系(小劇場と小劇場系演劇は違う。)
とかとか、

・リアリズム
・シュールレアリスム
・セカイ系
とか、構造的なことも含めるとえげつないくらいのジャンル分けがある。

これ、一つの作品に一つずつ当てはまるわけでないのがむつかしい。

商業演劇―近代演劇―翻訳劇(輸入劇)―ストレートプレイ―不条理 みたいな感じで、
色んなものに当てはまっていく。たとえば、ベケットとかイヨネスコとかを、パルコとかが上演するイメージしてカテゴライズしてみている。

既存の作品とかだと、こういう風にカテゴライズすると、
「だいたいこんな感じ~」ていうのがまずまずわかりやすくなりますよねぇ。

なんか、生物をカテゴライズするときに、
○○界〇〇門○○網○○目○○科○○属○○科ってわけていきますよね。

この感じで演劇って分けられないんかなぁ、ちゃんと。て思ったのです。


というのは、
演劇の良さ・魅力は、「同じ空間に人が集まって、共有できる」ことだったり、同じものができない「一回性」だったり、その空間を共有できる人には限りがあるっていう「限定性」とか。
あと「臨場感」・・・というか、「近くでその人が感じられること」だと思うのです。
「熱」が伝わる、というか、「体温」が感じられる、というか。

でもその一方で、劇場でしか見られないっていうのがデメリットの一つになりえるというのも事実です。
(最近映像配信も多いけど、やっぱり映像は映像なのです。)

「チケット買ってみてみたけど、なんかイマイチやったなぁ・・・」てなることもあると思うんです。
映画とか、ご飯食べに行ってもそういう経験すること多いけど、
映画は1800円。ご飯も1000~2000円くらいの出費だし、
相当気にいらなければ途中で出たり、お残しして帰ることもできます。自由度が非常に高い。

一方で、演劇って、「お残し」がめちゃくちゃしづらくないですか?
特に小劇場演劇だと、一回入ったら外に出るの大変すぎるし、
実際問題、対応できるスタッフが居なかったりする場合もあるかなと思うのです。

あ、もちろん、劇団サイドで手配してる人はいるんですけど、
「お手伝いの人」みたいな意味合いが強くてあくまでも「プロ」ではなくて、対応が遅れてしまったり、周りの人への配慮が不十分だったり、往々にしてあるかなぁ。と。

と、言いますか、本来、演劇の性質上、途中退出が基本的にほぼゼロなので、
単純に長けてない。てこともあります。
途中退場OKとか、大々的に宣伝してるところはその限りではないと思います。


お客さんの方も、できれば最後までみたいと思う気持ちはあれど、
「もう、どーーーしても自分に合わない」てなった時、客席で我慢してなきゃいけない、てことになりますよね。

これって、すごく不健全。

でも、「途中退場全然OKですー!」てなっても、
やっぱ他のお客さんの集中途切れてしまうのは、よろしくないのです。うれしくないのです。

じゃあ、どうしたらいいか。

「途中退場の必要がない状態にすればよい。」てことですよね。

これってどういうことかというと、
「最後までみたい作品」であることが必須なんです。(まぁ、体調崩したとかは仕方ないとして。)

良い作品をつくる、のは、大前提としてあります。もちろん。
というか、「うーん。これ、良くないなぁ」と思って発表する団体はないです。普通。

すごく力のある演出家が、力のある俳優を集めて作品をつくっても、
やっぱり合わないっていう人がいます。

好みや価値観は人それぞれなので、仕方ないことではあるのです。

これって、「お客さんが、お客さん自身の好きな作品を引けなかった」と言い換えることもできます。
「運が悪かったなぁ・・・」で終わらせられる器の大きい人であればいいですけど、
「わ!損した!!」てなってぷんとしちゃう人も当然いらっしゃると思います。(←わたし結構こっちがわ。)


じゃあ。・・・と、話が戻ります。

自分の好きなジャンルの作品が、ちゃんと選べる。というシステム体系があれば、
こういう事態も少なくなるんじゃないかなぁ。と。

で、演劇はじめてみた方も、『「〇〇目○○科」のジャンルの作品はダメやった。』とか、理解できれば、

『はじめてみた演劇がおもしろくなかったから、演劇はもう一生みない』てならないと思うんですよね。
↑これ、実は結構多いと思うんです。演劇って色々で、面白い作品は星の数ほどあるんです。でも、入り口で失敗すると嫌になっちゃう。そんなんもったいないです。

好きなジャンルが見つかれば、そのジャンルの演劇を選んでみることができますよね。
好きなジャンルやから、みた後の満足感は大きくなると思う。
他に興味がわけば、すこし広げて「同じ○○目の、今度は○○科を見てみよう」てこともできるんじゃないかな。


発表する側にとって、客席のご意見ってとてもありがたいものなんです。
毎回、賛否両論あって。辛辣な言葉をいただくこともあって、勉強させてもらったりもします。

ご意見くださる方は、何らかの思いがあって(「次に期待!」とか「団体ガンバレ!」とか)のことだと思いますが、
本編中に嫌な思いをさせていたということでもあるかなと。

中には、「文句(厳しめの感想)をいうのも嫌!」と帰ってしまう方もいて。
その方は、家に帰ってもふつふつと、どこへも当てれない怒りだったり、不満を抱えてるわけで、

それは、いかん。

やっぱり、みるのなら満足したいし、お客さんにはいい顔で帰ってほしいのです。
「あー、みてよかった。」てなってほしいのです。(ハッピーエンドでもバッドエンドでも)

だから、お客さんが満足できるだろうジャンルの作品を選べるための、
カテゴライズ。体系化。

どうかなぁ・・・という。

・・・うーん、演劇界への提案。かなぁ。

これ、圧倒的に一人では無理だし、知識もなさすぎるので、
どうしたらいいかも全然わかんないんですけど。

こういうことがうまくハマっていけたらなぁ・・・・。と思うのです。

これに関して、良い方法やご意見あれば、ぜひ聞かせてください。
多くの人が、もっと演劇を好きになったらいいなぁ。と思うんや。

2018年12月8日土曜日

ビジネスマナー。てどう思います?の巻

ビジネスマナーというか、メールマナーの話。

ビジネス用のメールって、
すっごいムダが多いと思うんですけどわたしだけかなぁ。

○○さま、
いつもお世話になっております。
ご連絡いただきありがとうございます。
==の件ですが、~~~とのことで、
そちらで問題ございません。
その他何かございましたら、またご連絡ください。
それでは、引き続きよろしくお願いいたします。

取り急ぎ。

・・・・取り急ぎて。
ここまで書いたら全然取り急いでないよね。
(↑の文はよくありそうな文言集めただけですので他意なし。)

メールでやり取りするなら宛名・署名もいらんよね。
会社用の共通のメールアドレス使ってるならわかるけど。

一日何度も続くやりとりで、
挨拶→お礼→用件→結び の流れいるんかなぁ。

「お疲れ様です、
1点確認したいことがあるので、後ほど電話します。
何時が都合いいですか?」
「じゃあ〇時で」
「わかりました。その頃電話します。」

で、よくない?


場合によっては、
メール送るためだけに検索かけたり、本で確認したりとかするわけなんですけど、
それってホントにいりますか。

「こういうモンだよねー。」って続いてるだけで、
「こうじゃなきゃいかん!」て思い込んでるだけでは・・・。と思う。

だってムダやもん。

それだけじゃ愛想ないから、一言添える。のはわかる。
でも、それって「気持ち」なわけですから、形式つくる必要ないんちゃいますのん。

形式の「気持ち」って、
普通になりすぎるとさらに「気持ち」が必要になってくるわけで、
そしたら、たった一言で終わる文章でも、えらい長い文章になってしまうってことでは・・・。

手紙とかで、届くまでにタイムラグがあるなら、いいけど。
もう一瞬で相手に届いちゃうんやから、
時間節約したいよねぇ。

2018年11月28日水曜日

「雇用」の負のスパイラルは目をそらしてはいけない。

講談社の、書籍を紹介していくためのコラム?なのかな。
興味深い記事を見つけたのでシェア。

雇用改善の恩恵もナシ…国が放置する「中年フリーター」という大問題
講談社 | 現代新書より

わたしのまわりには、いわゆるフリーターは多い。
し、見渡せば6~7割くらいの人がフリーランスとして働いている。

紹介した記事の、「中年フリーター」とか、「派遣切り」「リストラ」とかの問題は、かなり深刻だし、自分自身もかなり近しい位置にいるので深刻さはひとしおだ。

どうしても労働者の側は、働き手のことばかりを考えて「どうにかしろ!」となってしまうが、実際のところ、この記事の問題は雇用側も被雇用側も目をそらせない大きな問題に、今まさに発展しつつあることだと感じる。

景気が良くなっているという声もあるようだが、消費者サイドや中小企業に働いている人達にはその恩恵が感じられないことは多いんじゃないか。

景気が良い、利益が上がったというのは、国内のごく一部の企業のみ、それも最大手の企業ばかりと言われている。それ以外はまったくもって実感がない、あるいはむしろ経営が苦しくなったという声もあるようだと、いつだかワイドショーで見た記憶がある。


「正規雇用ができない」というのは、労働者側にとっては死活問題ではあるのだが、雇用する側にとっても大きな痛手となっているとも思う。

正規雇用をすれば、会社側が労働者に対してある程度の保証をしてやらなければいけない。
今、会社も「選ばれる時代」になっている。働き方の幅が広がり、企業に就職しなくても収入を得られる方法は無限にあり、アイデア勝負でお金を稼ぐことができるようになった。
今もなお、「学歴」というのは一つの指針になるために大学へ進学する人も多いが、大学を出たからと言ってすべての学生が就職するわけではなくなっている。

企業側は、新卒採用を得るためには福利厚生や賃金、休日などありとあらゆる条件を整えざるを得なくなった。が、それには当然費用が掛かる。そして、新卒を採用した後の教育にも、費用が必要だ。

経営が芳しくないときに、そういった費用はかなり痛い。そして、他の業務を止めてまで新入社員に対して教育をする余裕がない。まず、そんなスキルがある者もいない。

こうした悪循環から、どうしても新卒採用へ二の足を踏む。どうせなら、多少給料を多く支払っても、教育の必要がない中途採用のほうが即戦力になっていいだろうという考えから、求めるスキルが高くなる。これに満たない者は、保証の必要が少ない非正規雇用ということになる。


労働者側は、正規雇用として働くために長けた技術や専門知識が必要になる。
しかし、技術や知識は一日二日で身につくものでは当然ない。したがって、十分なスキルや知識が習得できるまでは泣く泣く非正規雇用として働くしかなくなってしまう。

条件の良い企業を探し当てることができれば、非正規雇用でもスキルを磨いたり資格の勉強ができることもあるだろう。しかし、多くの場合は条件が不十分で、給料が安い。給料が安いから長い時間働かなくてはいけない。長い時間働くから時間が取れない。だから勉強ができない。といった、「ミイラ取りがミイラになった」という状態に陥ってしまう。


その一方で、あえて非正規雇用を選ぶ人もいる。理由はさまざまだ。
この中には、上記でも少し触れた「アイデア勝負でお金が稼げる」ということを知っている人も含まれるだろうし、高学歴で高いスキルを持った人も含まれるだろう。
「選択肢として非正規雇用を選んだ」人の中には、それなりにスキルが高く意識が高い人も当然存在しているし、こういった人たちは年々数を増やしている。

スキルが高く即戦力があり、仕事への意識の高い非正規雇用の人材は、雇用側にとってはこれ以上ないほどありがたい存在であろう。
アルバイトとして入ってきたら、それはそれは助かることこの上ない。そして、こういった人が増えれば、それが当然として認識されるようになってくる。

つまり、教育なしで即戦力で働ける、いわゆる「バイトリーダー」的な存在が普通となり、次に採用するアルバイトに対してもそれを求めるのが当然になっていく。

いずれは、アルバイトをするのにもスキルが必要な時代がやってくるのだ。


働き方が多岐にわたるこの時代、それはそれでいいのかもしれない。
もしかすると、アルバイトや非正規雇用に対しての保証が手厚くなるという理想的な状態になるかもしれない。しかし、大体のことは良い方に変わることはほとんどない。望み薄だ。

バイトリーダー的な存在が普通になった企業は、次は非正規雇用と正規雇用を比較して、正規雇用をふるいにかけにかかるだろう。

上からは、「アルバイトよりも業績が悪い」だとか「アルバイトよりも責任感がない」とチクチク攻撃され、下からは「正社員のくせに」などと冷たい視線を送られる。

せっかく正規雇用として採用されたのに、上からも下からも押し寄せるプレッシャーの波で、どうにも居心地が悪くなり、最後には辞表を出すことにもなりかねない。あるいは、プレッシャーから逃れるために何とか業績を上げようと必死で働き、寝ても覚めても仕事のことばかり考えて過ごし、家で過ごす時間がほとんどないくらいに残業せざるを得ない状態に追い込まれるかもしれない。

そして、それがまた大きな問題となってニュースになった時に、会社はこういうのだ。
「残業を強制したことは一度もない。」

これは他人事ではない。


2018年11月26日月曜日

「YES、」の人はまじスゲー人だなって思う。

あんまり詳しくは書けないんですけれど、
仕事の関係でここ半年ぐらい、
美容整形だったりその周辺のことを調べていました。

で。
なんとなくテレビをつけると、「ザ・ノンフィクション」ていう番組で、
今日は美容整形を受けたい女の子が取り上げられていました。
(この番組は、やらせ説もあるのだが、
演出?作家?によって面白い回があったりするので割とよく見る番組の一つ。)

美容整形に関しては、
否定も肯定もするつもりはないんですが。

「人は見た目が9割」という本が以前流行りました。

見た目だけでなくっても、コンプレックスを感じてる人ってそりゃもうめちゃくちゃ多いんだろうし、
たぶん、生きてりゃ何かしらどっかコンプレックスになるんだろうとは思いますが、

この本がベストセラーになるくらいには、みんな見た目をすごく気にしてるんだろうと思う。

ただ、この見た目って単純に容姿だけの話ではない。
顔のパーツ、体のバランスも入ってはいるが、
結局のところは雰囲気だったり、表情だったりが重要だ。みたいな内容だったと記憶している。

まぁ、当然の話だ。

よく、テレビとかでも美容整形受けた人のビフォーアフターの写真出して、「かわいかったのにー」とか言い合う番組は多い。

それはまぁ、好みの話なのでどうでもよくって。

重要なのは、美容整形を受けて自信が持てるようになるってことなのだ。

物理的に見た目を変えて、自信持てるようになったから雰囲気が明るくなった。

のか、

そのままの自分の良さを見つけることができて(中身が変わって)、雰囲気が明るくなった。

の違い。

嫌いになってしまったものをもう一度好きになっていくのはとてもむずかしいことなので、
お金使って見た目を変えただけで、
自分が好きになれるなら安い買い物なのだ。

美容整形は、一部を除いて(事故とか切除で再形成するやつ以外は)、
心を変える方法なんだと理解している。

美容整形に対して、
だいぶ寛容にはなってきてるとは思うのだけど、
やっぱりまだまだ意識は低い。
「美容整形」て聞くだけで嫌悪感持つ人もいると思う。

でも、
それは他人の話だし、リスクがあっても自己責任で手術を決めてるわけだから他人が否定するのはお門違いだよね。
「あなた、関係ないよね。何も損してないでしょ。」と。

人の人生って、
何だか知らないけど口出したくなりがちですよね。
自分のこと棚に上げて。

まず自分の人生でしょ。

2018年11月10日土曜日

女と洗濯機ってだいたい同じようなもん。ていうはなし。

女同士のケンカって大変よなぁ・・・。

向かいのマンションが、えらいこっちゃになってるようなんです。
もう止まらん。もう止まらん。

基本的に、女は溜める性質あるから、一回出てもうたらもう終わる。
次から次にどんどん思い出してムカついてくるし、
ちゃうことにどんどんムカついていく。
最終的には何に怒ってたかわからなくなって収拾つかなくなる。

女の人とケンカして、
「え、それ、今言う?そのとき言ってよ、今関係ないやん」って思ったことある人。

それ、女の人の中ではめちゃつながってるの。

洗濯機の排水のホースみたいなもんなの。
ほんのちょっと汚れてるだけと思っても、奥の方ににゅるんってヤバいやつが一緒に出てくる。

無意識で溜める人も多いから、
そういう人は小出しに発散させて上げれるようにちょっと周りも気遣ってあげないと、ほんまにえらいこっちゃになってまう。
ヤバいやつが溜まりすぎたら、もう故障しかない。買い替え時です。

2018年11月8日木曜日

なんでもない日、おめでとう。

筋肉痛は、かろうじてまだ次の日にやってきます。つぼさかです。

みなさん、もうご存知かと思いますが、
本日、11月8日はマーガレットミッチェルの生まれた日です。「風と共に去りぬ」の作者です。

DVDでみたのですが、2枚組になっていて途中でインターバルが入るっていう。驚きました。
長かったけど飽きずにぶっ通してみたのを覚えています。とても揺れました。心が。

・・・それはさておき。

本日11月8日はわたしの生まれた日でもありました・・・あります。

いやー。30ですわ。ついに。
乗っかってしまいました。大台。やっと。

朝から、ラインだったりメールだったり、メッセージやコメントと色んな形でたくさんの方からお祝いの言葉をいただき、大変うれしく思っております。

ほんとに、おかげさまです。感謝、感謝、感謝。

今日一日は、つつましく仕事をこなし、そしてこの後も仕事に追われ、いつもと変りない日を過ごしました・・・ます。

一日一日が積み重なっての30年、なので、
やっぱり今日も、いつもと同じ一日にしたいなぁ、と思いつつ。

でもやっぱりたくさんメッセージいただけると嬉しいです。単純に。

ほんの一秒でも、今日という日にわたしを思い出してくださった方々。
本当にありがとうございました。とてもしあわせです。

こういう、区切りの日だけでなく、いつも「おかげさま」の気持ちを忘れないように、これからも日々過ごしていきたいと思います。

今後とも、どうぞごひいきに。

2018年11月8日
つぼさかまりこ

2018年10月24日水曜日

「いもむし女子」について考えてみた。やっぱり継続は力だ。

「いもむし女子」再び。

どのくらい反響があるのかさだかではありませんが、
今、「いもむし女子」なる女子たちが吹き溜まっているよう。

「いもむし女子」というのは、
ドコモが運営する「アリシー」というコンテンツサイトの中で作られた言葉で、
現状に大きな不満はないけど、恋人もいないし、これといった趣味もない……なんだか将来に漠然とした不安は感じるけど、どうすることもなく、ただなんとなく日々を過ごしている。
どんな蝶になるかはまだわからないけれど、どんな蝶にもなれる可能性を秘めている、そんな伸び代がある 
という30代前後の女性のこと。


アリシーは、そんな女性が自分自身を受け入れて、自分らしく過ごすための提案や、ライフスタイルを充実させるアイデアや商品の提案をする情報サイト?のよう。


以前の記事はこちら。
「いもむし女子」について考えてみた。やりたいことの見つけ方



「いもむし女子」になってしまう原因は大きく分けて二つで、

・自分が何をしたいか、どうなりたいかがよくわからない。

あるいは、

・どうすればできるか、どうすればそうなれるのか手段がわからない。

というのがあるのじゃないかな。と思われる。


前者に関してはまた機会があるときに触れていきたいが、
今日の記事では後者、特に「どうすればできるか」について。

前者の原因に対して、後者は目標がある程度定まっている状態なので、
きちんと整理すれば必ず到達できます。


したいことがあるのに、できない理由の大半は、

昨日の記事でもお伝えしたように、
「自分自身でストップをかけている」ことに終始するかと思います。


たとえば、
こういうことがしたい、けど、お金がない。とか。

どこそこへ行ってみたい、けど、時間がない。とか。

やってみたい、けど、本当にできるのか不安だ・こわい。とか。

だいたいは、自分が傷つかないように、自分を守るために、楽するために、安心するために、
なんだかんだと「言い訳」をつくってやっていないことが往々にしてあるかなと思います。


本当にやりたいことなのであれば、
借金してもできるし、時間は自分で作れるし、失敗したって死ななきゃやり直せます。

借金しても返せます。今の時代、稼ぐ方法は山ほどありますし、収入が低くても支出を減らせばお金は貯まります。

1日24時間の動きを見直せば、自由な時間を作ることもできる。


そして、できないことのもう一つの原因は、

「成果が出るまで続けられなかった」ことが挙げられると思います。


たとえば・・・、

今、ライターの数が圧倒的に足りていないと言われています。

PCは一人に一台以上が普通になり、インターネットはもはや人々の生活の中心になっています。
大手企業含め、中小企業のプロモーションでWEBサイトが主流になり、個人事業主や起業する人が増え、自己ブランディングが非常に重要になっているためです。


ライター業は、日本語を扱うお仕事ですし(日本国内では)、日常生活で日本語を使いこなしている私たちは比較的容易なお仕事なはずです。(一応色々お勉強はいりますが。)

そのため、主婦の方や会社勤めをされている方も副業でライターをされている方は多いです。
また、パソコンとインターネット環境、最近ではスマホだけでも仕事ができ、
短時間でも作業ができるので空き時間で報酬を得ることもできます。


これだけ聞くと、かなりオイシイ仕事だし、殺到するんじゃないかと思いますが、現状、圧倒的に数が足りていないのです。


この理由は、
「きちんと収入が得られるまで続けられる人が少ない」からです。


ライター業を始めたばかりの頃は、
得意先ももちろんありませんので、一か月の収入が1万円を切ることも多いです。
うまくいかないと、このまま数ヶ月収入が上がらずそのまま辞めてしまう方も非常に多いです。

でも、続けていれば得意先が増え、単価が増え、仕事が増えます。
続けていれば最初の月から考えると20~30倍、もしくはそれ以上の収入が得られるようになるわけです。


成果が出るまで、成功するまで続ければ、それは失敗ではなくなります。

途中でやめてしまうと、それまでの努力は無意味になります。
(もちろん、まったく無意味というわけではないけど。)


成果が出なくても、モチベーションを保って続ける。
そしたら、いずれ少しずつ成果が得られるようになります。

辞めてしまわなければ、100%です。

最初の時点と、現在の時点をきちんと比較することができれば、
自分が成長できている実感が得られます。100%です。


継続は力なり。昔の人はやっぱりすごい。すごいなぁ。


…今日は「引き寄せの法則」を書きたかったのだけど、
書いているうちに趣旨がぶれました。まぁ、そんな日もあらーな。

引き寄せの法則については、また後日。

2018年10月23日火曜日

やろうと思えばだいたいのことはできる。はず。という話。

25だか26だかの頃だったと思うので、つい2~3年前の話。

「30になるまでに京都に帰りたいなぁ。」と思っていました。

思っていましたのを、今朝、思い出しました。

京都、というか、山科に。
山科っていうとけっこうみんなバカにするけど、
めちゃくちゃいいとこ。

団地と田んぼしかなくって、でも適度に生活には困らない。

人も車も少ないし、静かで。
うるさいのは、隣の田んぼのかえるくらいでした。

そんなことをふ、と思い出して、

「あーぁ、山科帰りたいなぁ。もう2週間でリミットやんか。」と、
ちょっとしょんぼりしておりました。


で。

なぜ、わたしは山科に帰れなかったのか、を考えた。

・仕事の問題?
たしかに不便だが、通って通えんことはない。

・金銭面の問題?
家賃もろもろ別途かかるのはもったいないが、別に出せんことはない。
そもそも山科はだいぶ家賃が安い。

・家族の問題?
たまにおばあがすっころんで骨折ったりするが、
そのときもだいたい救急車に同乗して病院に送り届ける程度のはたらき。
普段家にいても家族と何をするでもなし。

・生活力の問題?
かなり不安はあるが、大学に通ってた4年間は同居人はいたが一通りのことはやった。
いや、やらざるを得なかったのでやった。
とりあえず生きるだけの生活力はあるはずだ。

・・・・。

いや別に帰れなかったわけじゃないよなこれ。

やろうと思えばできたし、なんなら今からでもいける。やろうと思えば。


つまり、できたはずやのに自分が「やらんかった」だけの話ということ。

いやいや。そらあかんでしょ。

結局のところ、うだうだとなんやかんや自分で理由をつけて、
自分が「あー、やりたいなぁ」と思ってたことをないがしろにしてたってことです。

いや、あかんでしょ。

それってけっこうありがちで、
「あー、でもなー」とか、
「わかってんねんけどなー」とか、
「〇〇ができたらやろうかなー」とか、
「もうちょっと〇〇してから」とか。

周りの状況を言い訳にして、周りの状況のせいにして
当の自分は何もしない。

いやそりゃあかんでしょ。

結局なにも変わんないよな。それじゃ。と。


「自分がやりたいこと」にストップかけてるのは、だれでもなく「自分自身」やねんな。と。


それでうだうだしてるのって、ダサいなぁ・・・。と。

思うわけです。


・・・だからどうした。だから何をするんや。ということなんですが、

どうしてもやっぱ、ストップはかけてしまうのだ。
変わること・変えることっていうのはとてつもないエネルギーが必要なわけだ。

ほやけど、意識ひとつでちょびっと変わったりもするわけだ。

なので、もーちっと、シンプルに生きれるようになろう。
とちょびっとだけ決意を固めました。

自分が変われば、世界が変わる。のだ。間違いなく。


・・・という話。今日もまとまりませんでした。