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2018年12月8日土曜日

ビジネスマナー。てどう思います?の巻

ビジネスマナーというか、メールマナーの話。

ビジネス用のメールって、
すっごいムダが多いと思うんですけどわたしだけかなぁ。

○○さま、
いつもお世話になっております。
ご連絡いただきありがとうございます。
==の件ですが、~~~とのことで、
そちらで問題ございません。
その他何かございましたら、またご連絡ください。
それでは、引き続きよろしくお願いいたします。

取り急ぎ。

・・・・取り急ぎて。
ここまで書いたら全然取り急いでないよね。
(↑の文はよくありそうな文言集めただけですので他意なし。)

メールでやり取りするなら宛名・署名もいらんよね。
会社用の共通のメールアドレス使ってるならわかるけど。

一日何度も続くやりとりで、
挨拶→お礼→用件→結び の流れいるんかなぁ。

「お疲れ様です、
1点確認したいことがあるので、後ほど電話します。
何時が都合いいですか?」
「じゃあ〇時で」
「わかりました。その頃電話します。」

で、よくない?


場合によっては、
メール送るためだけに検索かけたり、本で確認したりとかするわけなんですけど、
それってホントにいりますか。

「こういうモンだよねー。」って続いてるだけで、
「こうじゃなきゃいかん!」て思い込んでるだけでは・・・。と思う。

だってムダやもん。

それだけじゃ愛想ないから、一言添える。のはわかる。
でも、それって「気持ち」なわけですから、形式つくる必要ないんちゃいますのん。

形式の「気持ち」って、
普通になりすぎるとさらに「気持ち」が必要になってくるわけで、
そしたら、たった一言で終わる文章でも、えらい長い文章になってしまうってことでは・・・。

手紙とかで、届くまでにタイムラグがあるなら、いいけど。
もう一瞬で相手に届いちゃうんやから、
時間節約したいよねぇ。

2018年12月6日木曜日

(そういえば)『7つの習慣(著:スティーブン・R・コヴィー)』を読んだよ。

つぼさかまりこのいまさらシリーズ。
ちーっとだけ、心に余裕ができたのと、
わけあってブログを更新せねばなりませぬので、ぽつぽつと。

雑談に明け暮れていた間も、
一応ちゃんと(?)本読んだり映画見たり演劇行ったり美術展行ったりしてたんですけど、
見てすぐってなんとなく書きづらいんですよねぇ。。

・・・知るか。はい、その通りです。


というわけで、ちょっとずつ、覚えてる範囲で消化していけたらなぁ。でございます。
8月だか9月だかからまぁまぁ溜まっておるのです。


さて。『7つの習慣』。
いまさらですよね。そうなんです。いまさらなんです。

さっと調べてみると、この本の初版は1996年。
もう間もなく2018年も終わろうとしてますので、もう22年経ってるわけです。
えらいこっちゃ。

それでもなお、この内容が「フルく」ないのは、
やっぱり真理だからなんやろうなぁ。と思います。

ビジネス書としてベストセラーになってますが、この本はビジネスマンとか起業家・投資家だけでなくって、社長とか重役の人たちだけでなくって、
「あー、なーんか、なーんかうまくいかへんなぁ。」ていう人も読んで損はないなぁと思います。

あ、ただし、基本的に性善説に基づいてかかれてるように感じたので、
サイコパスの素質がある方はあまり適さないかもしれません。
わたしくらいのサイコパス感であれば、まったく問題なく、おもしろく読めました。

すっっっっっっっっごく、ひらたーーーーく、解説すると、
「みんな、ちゃーんと分かり合ったら、ちゃーんとうまくいくよ♪」みたいな内容。←

要は、短期的に成功を求めるんでなく、長期的に考えたときに
お互いにとってwin-winの関係築きましょうよ。ということ。
他の状態だと(win-loseとかlose-winとか)、結果的にlose-loseになりますよ。ということ。

おもしろいなぁ、と思ったのは、「win-winでないなら、No Deal」つまり、「取引やーんぺ」ということ。
これって、「え、まじ?大丈夫なんほんまに…」てなるけど、
ちゃんと、本で提唱される原則に基づいての行動であれば、結果的にうまく取引が進んだという例のほうが圧倒的に多いのだそう。へぇ。


それから、重要度×緊急性の話について、とても興味深い話がありました。
世の中の仕事のすべては、この重要度×緊急性の高低で、分けられる。と。

「重要度高いー緊急性高い」=納期のある仕事やプロジェクト など
「重要度低い―緊急性高い」=急な来客や電話 など
「重要度高い―緊急性低い」=資格やスキルアップのための勉強、健康維持のための運動 など
「重要度低い―緊急性低い」=暇つぶし、待ち時間 など

で。この「重要度高い―緊急性低い」仕事がすごく大事だと。でも、なかなか手を出さずに結局しなくなっちゃうと。

たとえば、
経営がうまくいってなくって困ってる会社があるとする。
「重要度高い―緊急性高い」仕事でいうと、とにかく赤字を減らす。経費削減。とかとか。
でも、実際問題、小手先で何とかしようと思っても無理で、
「重要度高い―緊急性低い」仕事をきちんとやらなきゃ、
根本的な解決にはなりませんよね。ていう。

具体的にいうと、
従業員の満足度を上げて仕事のモチベーションをアップさせてやる。とか。
集客のための宣伝に力を入れる。顧客満足度を上げる。とか。

そこを直してやると、案外すんなりうまくいったりもする。という話。

ただ、「従業員がどういうことに不満を持っているのか」「どういう環境で生活してるのか」「会社は従業員に対して何を求めてるのか」とか。
双方できちっとコミュニケーション取って、理解して、そこから新しい方法を考えだす必要があると。宣伝に関してもそうで、すぐには成果は出ないし、ニーズをきちんと知る必要があると。

この「重要度高い―緊急性低い」仕事は、相当な時間がかかってしまうために、
ちゃんとできる組織は非常に少ないのだそう。そうだよなぁ。

これに関して、おもしろい例を挙げてた。
疲れてへとへとになった木こりが居てました。
話を聞くと、ガンガン木を切らなあかん。じゃないと間に合わへん。と。
「なら、まずはその斧の刃を研いだらどうですか。」というと、
「そんなことやってる暇はない。忙しい忙しい…」と、ボロボロの斧で木を伐り続けていました。
 これ、めちゃくちゃわかりやすい。なるほど。
目標達成のためには、それにともなう「目標達成能力」が必要なのだそう。

うーむ。

わかりやすいけど、とても難しいんだよなぁ。それって。


他にもまだまだ興味深い話はいろいろあって。
しばらく期間をあけたらもう一読したいなぁ。と思っております。
ボロボロになっても読み続けたいし手放したくないなぁ。という本でした。

2018年11月28日水曜日

「雇用」の負のスパイラルは目をそらしてはいけない。

講談社の、書籍を紹介していくためのコラム?なのかな。
興味深い記事を見つけたのでシェア。

雇用改善の恩恵もナシ…国が放置する「中年フリーター」という大問題
講談社 | 現代新書より

わたしのまわりには、いわゆるフリーターは多い。
し、見渡せば6~7割くらいの人がフリーランスとして働いている。

紹介した記事の、「中年フリーター」とか、「派遣切り」「リストラ」とかの問題は、かなり深刻だし、自分自身もかなり近しい位置にいるので深刻さはひとしおだ。

どうしても労働者の側は、働き手のことばかりを考えて「どうにかしろ!」となってしまうが、実際のところ、この記事の問題は雇用側も被雇用側も目をそらせない大きな問題に、今まさに発展しつつあることだと感じる。

景気が良くなっているという声もあるようだが、消費者サイドや中小企業に働いている人達にはその恩恵が感じられないことは多いんじゃないか。

景気が良い、利益が上がったというのは、国内のごく一部の企業のみ、それも最大手の企業ばかりと言われている。それ以外はまったくもって実感がない、あるいはむしろ経営が苦しくなったという声もあるようだと、いつだかワイドショーで見た記憶がある。


「正規雇用ができない」というのは、労働者側にとっては死活問題ではあるのだが、雇用する側にとっても大きな痛手となっているとも思う。

正規雇用をすれば、会社側が労働者に対してある程度の保証をしてやらなければいけない。
今、会社も「選ばれる時代」になっている。働き方の幅が広がり、企業に就職しなくても収入を得られる方法は無限にあり、アイデア勝負でお金を稼ぐことができるようになった。
今もなお、「学歴」というのは一つの指針になるために大学へ進学する人も多いが、大学を出たからと言ってすべての学生が就職するわけではなくなっている。

企業側は、新卒採用を得るためには福利厚生や賃金、休日などありとあらゆる条件を整えざるを得なくなった。が、それには当然費用が掛かる。そして、新卒を採用した後の教育にも、費用が必要だ。

経営が芳しくないときに、そういった費用はかなり痛い。そして、他の業務を止めてまで新入社員に対して教育をする余裕がない。まず、そんなスキルがある者もいない。

こうした悪循環から、どうしても新卒採用へ二の足を踏む。どうせなら、多少給料を多く支払っても、教育の必要がない中途採用のほうが即戦力になっていいだろうという考えから、求めるスキルが高くなる。これに満たない者は、保証の必要が少ない非正規雇用ということになる。


労働者側は、正規雇用として働くために長けた技術や専門知識が必要になる。
しかし、技術や知識は一日二日で身につくものでは当然ない。したがって、十分なスキルや知識が習得できるまでは泣く泣く非正規雇用として働くしかなくなってしまう。

条件の良い企業を探し当てることができれば、非正規雇用でもスキルを磨いたり資格の勉強ができることもあるだろう。しかし、多くの場合は条件が不十分で、給料が安い。給料が安いから長い時間働かなくてはいけない。長い時間働くから時間が取れない。だから勉強ができない。といった、「ミイラ取りがミイラになった」という状態に陥ってしまう。


その一方で、あえて非正規雇用を選ぶ人もいる。理由はさまざまだ。
この中には、上記でも少し触れた「アイデア勝負でお金が稼げる」ということを知っている人も含まれるだろうし、高学歴で高いスキルを持った人も含まれるだろう。
「選択肢として非正規雇用を選んだ」人の中には、それなりにスキルが高く意識が高い人も当然存在しているし、こういった人たちは年々数を増やしている。

スキルが高く即戦力があり、仕事への意識の高い非正規雇用の人材は、雇用側にとってはこれ以上ないほどありがたい存在であろう。
アルバイトとして入ってきたら、それはそれは助かることこの上ない。そして、こういった人が増えれば、それが当然として認識されるようになってくる。

つまり、教育なしで即戦力で働ける、いわゆる「バイトリーダー」的な存在が普通となり、次に採用するアルバイトに対してもそれを求めるのが当然になっていく。

いずれは、アルバイトをするのにもスキルが必要な時代がやってくるのだ。


働き方が多岐にわたるこの時代、それはそれでいいのかもしれない。
もしかすると、アルバイトや非正規雇用に対しての保証が手厚くなるという理想的な状態になるかもしれない。しかし、大体のことは良い方に変わることはほとんどない。望み薄だ。

バイトリーダー的な存在が普通になった企業は、次は非正規雇用と正規雇用を比較して、正規雇用をふるいにかけにかかるだろう。

上からは、「アルバイトよりも業績が悪い」だとか「アルバイトよりも責任感がない」とチクチク攻撃され、下からは「正社員のくせに」などと冷たい視線を送られる。

せっかく正規雇用として採用されたのに、上からも下からも押し寄せるプレッシャーの波で、どうにも居心地が悪くなり、最後には辞表を出すことにもなりかねない。あるいは、プレッシャーから逃れるために何とか業績を上げようと必死で働き、寝ても覚めても仕事のことばかり考えて過ごし、家で過ごす時間がほとんどないくらいに残業せざるを得ない状態に追い込まれるかもしれない。

そして、それがまた大きな問題となってニュースになった時に、会社はこういうのだ。
「残業を強制したことは一度もない。」

これは他人事ではない。


2018年10月24日水曜日

「いもむし女子」について考えてみた。やっぱり継続は力だ。

「いもむし女子」再び。

どのくらい反響があるのかさだかではありませんが、
今、「いもむし女子」なる女子たちが吹き溜まっているよう。

「いもむし女子」というのは、
ドコモが運営する「アリシー」というコンテンツサイトの中で作られた言葉で、
現状に大きな不満はないけど、恋人もいないし、これといった趣味もない……なんだか将来に漠然とした不安は感じるけど、どうすることもなく、ただなんとなく日々を過ごしている。
どんな蝶になるかはまだわからないけれど、どんな蝶にもなれる可能性を秘めている、そんな伸び代がある 
という30代前後の女性のこと。


アリシーは、そんな女性が自分自身を受け入れて、自分らしく過ごすための提案や、ライフスタイルを充実させるアイデアや商品の提案をする情報サイト?のよう。


以前の記事はこちら。
「いもむし女子」について考えてみた。やりたいことの見つけ方



「いもむし女子」になってしまう原因は大きく分けて二つで、

・自分が何をしたいか、どうなりたいかがよくわからない。

あるいは、

・どうすればできるか、どうすればそうなれるのか手段がわからない。

というのがあるのじゃないかな。と思われる。


前者に関してはまた機会があるときに触れていきたいが、
今日の記事では後者、特に「どうすればできるか」について。

前者の原因に対して、後者は目標がある程度定まっている状態なので、
きちんと整理すれば必ず到達できます。


したいことがあるのに、できない理由の大半は、

昨日の記事でもお伝えしたように、
「自分自身でストップをかけている」ことに終始するかと思います。


たとえば、
こういうことがしたい、けど、お金がない。とか。

どこそこへ行ってみたい、けど、時間がない。とか。

やってみたい、けど、本当にできるのか不安だ・こわい。とか。

だいたいは、自分が傷つかないように、自分を守るために、楽するために、安心するために、
なんだかんだと「言い訳」をつくってやっていないことが往々にしてあるかなと思います。


本当にやりたいことなのであれば、
借金してもできるし、時間は自分で作れるし、失敗したって死ななきゃやり直せます。

借金しても返せます。今の時代、稼ぐ方法は山ほどありますし、収入が低くても支出を減らせばお金は貯まります。

1日24時間の動きを見直せば、自由な時間を作ることもできる。


そして、できないことのもう一つの原因は、

「成果が出るまで続けられなかった」ことが挙げられると思います。


たとえば・・・、

今、ライターの数が圧倒的に足りていないと言われています。

PCは一人に一台以上が普通になり、インターネットはもはや人々の生活の中心になっています。
大手企業含め、中小企業のプロモーションでWEBサイトが主流になり、個人事業主や起業する人が増え、自己ブランディングが非常に重要になっているためです。


ライター業は、日本語を扱うお仕事ですし(日本国内では)、日常生活で日本語を使いこなしている私たちは比較的容易なお仕事なはずです。(一応色々お勉強はいりますが。)

そのため、主婦の方や会社勤めをされている方も副業でライターをされている方は多いです。
また、パソコンとインターネット環境、最近ではスマホだけでも仕事ができ、
短時間でも作業ができるので空き時間で報酬を得ることもできます。


これだけ聞くと、かなりオイシイ仕事だし、殺到するんじゃないかと思いますが、現状、圧倒的に数が足りていないのです。


この理由は、
「きちんと収入が得られるまで続けられる人が少ない」からです。


ライター業を始めたばかりの頃は、
得意先ももちろんありませんので、一か月の収入が1万円を切ることも多いです。
うまくいかないと、このまま数ヶ月収入が上がらずそのまま辞めてしまう方も非常に多いです。

でも、続けていれば得意先が増え、単価が増え、仕事が増えます。
続けていれば最初の月から考えると20~30倍、もしくはそれ以上の収入が得られるようになるわけです。


成果が出るまで、成功するまで続ければ、それは失敗ではなくなります。

途中でやめてしまうと、それまでの努力は無意味になります。
(もちろん、まったく無意味というわけではないけど。)


成果が出なくても、モチベーションを保って続ける。
そしたら、いずれ少しずつ成果が得られるようになります。

辞めてしまわなければ、100%です。

最初の時点と、現在の時点をきちんと比較することができれば、
自分が成長できている実感が得られます。100%です。


継続は力なり。昔の人はやっぱりすごい。すごいなぁ。


…今日は「引き寄せの法則」を書きたかったのだけど、
書いているうちに趣旨がぶれました。まぁ、そんな日もあらーな。

引き寄せの法則については、また後日。

2018年10月3日水曜日

コミュりょく、ってなに?がくれき、ってなに?おいしいの?

ところで、
わたしが大学3~4年生の就活が流行ってた7〜8年前は、
ネコもしゃくしも「コミュりょくコミュりょく」と言ってたが、

今は見渡すと、

コミュ力なかった人のほうががっつり稼いでるんじゃないのか。

と思う。


コミュ力コミュ力、て言われる少し前は、
ネコもしゃくしも「学歴学歴」、ていうのが流行ってた。
高校卒業するときに丁度そのブームの途中だった気がする。

わたしは行きたくも行きたくなくもなかったが、
行く行かないを自分で決める前から「4年制大学」刷り込みがあったので、
大学は行くもんだと思ってたし、周りも進学する人ばっかりだった。

(さぞ意外だろうと思いますが、一応高校では府立高校の理数科クラスにいました。私学でいう進学コースというやつです。
演劇やりたかったので、演劇部があって、家から近くて、制服の可愛い高校をチョイス。
京都のある地域では、謎の「バス停制」というのがあって、府立の普通科クラスだと3校のうちどこに入学になるかわからなかったので、その高校にしかない理数科を受験したという流れ。)

結局、たまたま作文と面接(要は雑談)で入れる大学へ行きました。


芸術学科の受験を決めたら、母は大層驚いておりました。
(高校時代、塾に通っていて、制服の可愛い女子校から入学のお話がありましたが、学費が払えないため府立高校へ入ったという経緯があり、
大学は自由に選ばせてもらえる約束でした。

演劇の学校に行くのは実は高一から決めてたんだけれど。


まぁそんな感じでふわふわっと現在にいたるわけですが。


今から思うと、
大学に入ってよかったなぁと思うことはそれほどない。

卒業後農学部の水産もろもろががんばってるので話題の一つにはなりますが。


でも、大学に入って損したなと思うことは、
今のところ一つもない。

大学って、まぁ、
「専門的に学びたいこと、研究したいことを専門的に研究できる」
ていうのが魅力なわけです。

でも、17~18のこれからの少年少女が、
「自分はコレを学びたいんじゃ!!!」って
なります?普通。

なりませんよ。

思春期ですよ、まだまだ。
ブカツとバイトと好きな子のことしか考えてませんよ。

これから先のことなんか考えてませんよ。普通。

そういうタイミングで、
さも「これからの人生を決めなきゃならない」みたいなノリで
大学進学やら専門学校やらを選ばされるわけです。

無理だ。

ていうか、大学なり専門学校なり、その他スクール的なところって、
別に高校卒業してすぐじゃないと入学できないわけじゃないんだよ。

わたし、いましたもん、サークルに。
還暦越えの後輩が。

その人は単位履修生なので4年制のコースではなかったですが。

演劇だか、小説のコースだか、とにかく履修の学科は同じ。
たまに授業でも会いました。


いいんです。
勉強したくなったらそのタイミングでやれば。

もっと言えば、

大学じゃなくても勉強なんかいくらでもできる。

わたしみたいに、へらへら~っと、
なんとなく入って適当に4年間のモラトリアムを過ごしてるよりも
段違いに有意義だ。

・・・何が言いたいかというと、

学歴とか、どーでもよくない?てこと。

あと、

コミュりょくて。だれ基準?主観じゃね?

結局やりようじゃね?人基準のヤツ、ほんとに必要?

・・・てことかな。

まとまりませんでした。

2018年7月9日月曜日

自己嫌悪に陥っているあなたへ。オシゴトのはなし

いきなりですが、
わたしの周りには「自殺者」、「自殺志願者」あるいは「予備軍」が多いように思います。

誰かと比較してデータを出したわけではないので、はっきりとしたことはいえませんが、
人生の中で出会うことがなかったという方もいると思いますので、
それを考えるとまぁ、多いのだと思います。

なぜ、冒頭からこんな話をするかと言うと、
「自殺」と「自己嫌悪」は、ある程度近しい位置にある(と判断している)からです。
朝っぱらから暗そうな話。すみませんね。


昨日の晩、SNSを眺めていたら、大学時代の友人がひどい自己嫌悪に陥っていました。


いわく、「上司に言われた通りやったつもりやけど全然できなくて仕事がボロボロだ」と。
そして、「『わかったふり』してる、『責任感がない』と上司に見られている」と。


仕事がうまくいかずに落ち込んでしまうことなんか、よくあることです。
にんげんだもの、
ミスすることもあるし、タスクに合ったスキルが不十分であればうまくいくはずはありません。


「完璧な仕事」がこなせるにんげんはゼロです。だって無理だから。
機械でもミスするんだもの。にんげんがミスなく仕事できるはずないじゃんか。と思う。
より完璧を求めるなら、機械にやらせればいいんです。
その方がはるかに性能はいいはずです。ミスがゼロになるということはありませんが。

実際に、将来的にはにんげんの仕事の70%はAIが代替できるようになると言われていますし、今の4割程度の仕事は代替される可能性があるそう。

にんげんの性質は無限にあるし、当然仕事の「向き不向き」はある。
ただ、むつかしいところが、「やりたいという『思い』」と「おまんま食べなきゃいけないという『義務』」があるということ。

「だって、おまんま食べれなきゃ死ぬもん。死なないためにはオシゴトしなきゃあかんでしょ。」

その通りだと思います。

「ツマも居るし、コドモも居るし、だからオシゴトしなきゃあかんでしょ。」

わたしにはわかりませんが、そういう考えもあると思います。


ただ、『オシゴトは、生きるための手段であって目的ではない』っていうのは忘れるべきでないのではないか。


わかりやすく、
生きるために栄養を与えてくれる「趣味」や「家族(団欒)」を『時間』とし。
オシゴトで得られる「お金」あるいは「名誉・肩書き」を『対価』とします。


要はオシゴトって、

『「時間」のために「対価」を払うか』
『「対価」のために「時間」を払うか』

てことなわけです。

で、性質によってどちらが合ってるかが分かれるのだと。


自分の性質がどうかによって、きちんとそれを見極めなくちゃいけません。
なぜなら、生死に関わるから。

勘違いされやすいのですが、
「生きるということ」を「オシゴトをするということ」と思っている人は多いです。


就職しなさい、金を稼ぎなさい、家族を養いなさい、とか。
アルバイト・非正規雇用・契約社員は正規雇用や正社員よりも「格下」だ、とか。


こういうのは「思想」であって、「真理」ではないです。

思想を信じ込んで一生懸命実践するのは、宗教と同じ。
それが良い人には良いし、悪い人には悪い。

その「思想」が自分に合ってるかどうかが一番大事なんじゃないかなぁ。

・・・うまくまとめられなかったけど、次の記事はこころの話をしようと思います。