2018年7月9日月曜日

自己嫌悪に陥っているあなたへ。こころのはなし。

オシゴトのはなしに続いて、こころのおはなしも少し。

わたしの周りの「自殺者」、「自殺志願者」または「予備軍」な方たちに共通して言えるのが、
「自己嫌悪に陥りやすい」という性質を持っているということ。


「なぜ、自己嫌悪に陥りやすいか」ということを考えてみたいと思います。


挙げられる理由は、大きく言うと次の3つじゃないかと推測されます。

・自己評価の低さ
・自己暗示
・混乱


簡単に言うと、

「自己評価の低さ」は「自己肯定感が著しく弱い」と言い換えることができる。
さらには、「承認欲求の強さ」に繋がること。


「自己暗示」は、「自分は何をやってもだめだ」とか、「どうせうまくいかない」とか、
何かをやる前に自分に『できない暗示』をかけてしまうこと。


「混乱」っていうのは、状況のよくない場面に遭遇したとき、対処の方法が見出せないがために
『自分を責めるしかない』状態になっていること。


ちなみにこれは、わたし個人の意見であって、専門的な見解ではありません。あしからず。


先日の友人のはなし。
彼女は、「上司に言われた通りやったつもりやけど全然できなくて仕事がボロボロだ」で、
「『わかったふり』してる、『責任感がない』と上司に見られている」と言っていました。


これは問題だなぁ、とわたしが思ったのは、
彼女が落ち込んでいる原因が、
「仕事がうまく行かなかった」ことよりも「~~~、~~~と上司に見られている」ことが大きいということ。


自分のことをマイナス評価されるのを極度に怖がるあまり、
パフォーマンスを落とす結果になってるんじゃないかなぁ。と。


基本的に、「承認欲求」というのは誰しもが持っているものだと思います。程度の大小はあれ。

だって褒められたいもの。好きになってもらいたいもの。
怒られたい、嫌われたいと思って生きてる人なんていないでしょう。居てもかなり少数派です。


この、「承認欲求」が強すぎると、
「わたしはこんなに頑張ってるのに、なんでわかってくれへんの!」みたいなことになっちゃう。


でも、わかるわけないんです。
他者他人のスキルレベルとか、これまでの努力とか、明確に理解・判断できるような人なんかいてません。
ていうか、居たら紹介してください。


わからないから、
例えば「お前はもっとできる子や!」とか、「この子は伸びるはずや!」とか、過度の期待を押し付けて結果的に相手を潰すことになったり。

例えば、性質に合わない仕事を押し付けて結果が出ないことにイライラしたり。てことになる。


正直、押し付けられた方としてはいい迷惑ですよね。

なんでアンタにそんなこと決められんとあかんのや、と。(口が悪いですね。)


自分のことなんて、わかってもらえるわけはないんです。
逆に、自分のことめちゃくちゃ知ってる誰かが居たら、わたしは怖すぎて警察に行くでしょう。


自分がどのくらい努力してきたか、自分がどのくらいサボったかは自分しかわかりません。

「結果」という指針は絶対的に必要なものではあるけど、
「結果」が出ないことに対して叱咤されるならまだしも、「手を抜いてる」とか「やる気ない」とか、何を基準に判断してるわけですか?って思います。


例えば部下を使って仕事を進めるとして、「結果」が出ないのは全て部下が悪いのでしょうか。
答えはNOです。
采配ミスである可能性はないのか。指導が不十分である可能性はないのか。指示が不適切だった可能性はないのか。


今、考えなくてはいけないのは、「どうすれば結果が出るのか」という道筋です。
状況をきちんと見て、原因を洗いだし、対処していかなきゃいけない。


これがないがしろになっていて、いわば「責任の押し付け」みたいになると、
「全部自分が悪いんや」っていう自己暗示をかけるようになるんです。


自分が悪いと思いこむのは、ある程度まではとても「楽」です。
でも「結果」が要る場面ではとても邪魔になります。混乱を招いて、結局自分を責めることにしか脳が使われなくなってしまい、「結果」を出すことはできません。


自己暗示の力ってバカにできなくて、だから数々の起業家の本が売れるのです。マインドを知りたいから。実際読むと、むちゃくそ面白いですし。


サッカー日本代表、ベルギー戦ご覧になったでしょうか。おもしろい試合でしたね。
これも、日本が負けてしまったのはマインド面がかなり大きく影響していると思います。


後半、日本が先制したときには「これはいけるかも?」という気持ちが膨らんで、いけいけどんどんモードになり、2点目を取りました。
しかしその後、パスミスからボールを奪われて、まさかのゴール。続いてまたゴール。
さっきのいけいけどんどんモードから、「やっぱりダメかも」という精神状態になっただろうと思います。そして、最後、ものの9秒で逆転され、敗退しました。

いけいけどんどんモードに入ったら、結構なんでもうまくいったりするってことはよくある話です。
逆に、「ヤバイかも・・・」という精神状態だと、失敗することは多くなります。


人の人生って、今ではだいぶ寿命も延びましたけど80年しかありません。
自分を責めてるときは、脳が止まっています。前にも後ろにも進むことができない。

ハッキリいって、「無駄」です。


立ち止まって道を探すなら良いけど、結果的にどちらにも進まないならその時間をどぶに捨てたも同然。
前に進めなきゃ、後ろか、横によければよいだけのこと。そちらを向けば、「前」になります。


「誰かにこんな風に見られてしまうのがコワイ」のは、なぜでしょう。
その人は、人生においてそれほど重要な人でしょうか。
そもそも、本当にそんな風に見られているのでしょうか。どうやって判断すればわかるでしょうか。

そしてその人に「こんな風に見られたい」と期待してしまうのはなぜでしょうか。

他者他人に自分のことを理解してもらうことは不可能です。
自分のことを知ってるのは、自分だけです。

では、なぜ一番理解している自分が、自分のことを責めてしまうのでしょうか。
なぜ自分は、自分のしてきた頑張りを褒めてくれないのでしょうか。

自分のことを本当に理解して、本当に褒めてあげられるのは、自分だけです。
他者他人にはわかるはずのないことを期待しても仕方ありません。

他者他人にわかってもらうためには、伝えるための努力をしなければいけません。
そして、その努力をしても、100%実るとは限りません。(伝える努力はとても必要と思いますが)

じゃあまず、100%自分を理解している自分が、自分を褒めてあげればいいのになぁ。

何度も言いますが、自分を褒めてあげられるのは、自分だけです。

自分が自分を否定してしまったら、
自分を本当に理解してくれる味方はこの世界から一人も居なくなってしまうことになります。

じゃあ・・・、

冒頭のおはなしに戻るわけです。味方がいなくなると、残された道は限られています。

ここまでを踏まえて、聞きます。
「あなたは、自分を褒めてあげますか、褒めてあげませんか。」